ツイッターの先駆者たち

『異常 アノマリー』の作者で現ウリポ会長のエルヴェ・ル・テリエの本 Les Amnésiques n'ont rien vécu d'inoubliable 『健忘症者は忘れ難きを生きず』を読み始めた*1。この本は À quoi tu penses ? (いまなに考えてる?)という問いかけに対してJe pense que (……と思った)から始まる短文で答えるという形式だけを延々と繰り返している*2。注にも書いたとおり初版は1997年なのだが、これがいま見るとTwitter*3にしか見えない。Twitterも投稿欄に似たような問いかけが表示されていて、個々の投稿はすべてその質問に対する返答として構成されていた*4。じっさい、書かれている内容もわざわざそれだけを発展させてまとまった文章にするほどでもない思いつき集成といった雰囲気で、Twitter以前のTwitterという趣がある。以下、最初の方からいくつか試しに訳してみよう。なお、性質上かなり大幅な意訳をしたものもある*5

 

夜にコーヒー飲むと寝つきが悪くなるけど、毎回けっきょく飲んでしまうな、と思った。

Je pense que j'ai du mal à dormir quand je prends un café le soir, et pourtant, c'est chaque fois pareil, j'en prends un.

 

自分がいつか死ぬということを理解してから、その前に歳をとるフェーズがあるということを理解するまでかなりの年月がかかったな、と思った。

Je pense qu'il s'est passé plusieurs années entre le moment où j'ai compris que j'allais mourir et celui où j'ai compris que j'allais d'abord vieillir.

 

芋虫って、いつか自分が蝶になるとかぜんぜん考えてないんだろうな、と思った。

Je pense qu'aucune chenille ne se doute qu'elle sera un jour papillon.

 

絶対音感はあるのに絶対臭感も絶対視覚も、絶対性感もないな、まあそもそもあったとしてどういうものかもわからないけど、と思った。

Je pense que l'oreille absolue existe, mais pas le nez absolu, ni l'œil absolu, ni même le sexe absolu, et au demeurant, je me demande ce que ça pourrait bien être si ça existait.

 

1548年には誰も1549広まるキリスト教を知らなかったんだな、と思った*6

Je pense qu'en 1514, personne n'aurait pu imaginer 1515 Marignan.

 

めちゃくちゃ線の細い女の子を見てると自分が極太ゴシックになった気がするな、と思った*7

Je pense que certaines filles maigres comme des clous me rendent marteau.

 

食べられないキノコなどないが、一度しか食べられないキノコはある、と思った*8

Je pense que tous les champignons sont comestibles, certains une fois seulement.

 

素朴な日常ものから言葉遊びまで含まれているのがTwitter的だと感じる所以かもしれない。その言葉遊びにしても、紋切型表現の再解釈や言語表現そのものの異化といったウリポ的手つきは、Twitterでは非常にありふれたものとなっている。1997年に出版された時はどのように読まれたのかと思うが、いまこの本を読んでTwitterだと感じないのは難しい。

頭からぜんぶ通読したわけではないので、中盤や終盤ではまた性質が変わっているのかもしれない*9が、そこは未確認。読んでいるとついこれはどう訳そうかとか考えてしまってなかなか進まない。勘所がつかめないのも気になるし……まあ、空いた時間にTwitterを見る代わりに読んでいきたい。

*1:読んだのはLe Castor Astral, 2017の文庫版。初版は同じ出版社から1997年にでているらしい。

*2:この形式はジョー・ブレイナード『ぼくは覚えている』やジョルジュ・ペレック『ぼくは思いだす』を引き継いでいるようだ。題名はその伝統を逆手に取ったのだろう。このあたり、I remember から What are you doing? へ、という線を引けそうな気がする。

*3:「かつてのTwitter」と言ったほうがいいのかもしれない。したがってXではない。

*4:この問いかけは2009年11月に「What are you doing? いまなにしてる?」から「What's happening? いまどうしてる?」に変わったらしい。二人称の問いかけではなくなったため、本書との類似性はむかしの方が強かったとは言えそうだ。

*5:本書はいくつかの言語に翻訳されているが、その際どうしても書き換えねばならない文章もあった、ということが著者による前書きで書かれている。

*6:原文の1515 Marignanは1515年マリニャーノの戦いのこと。若きフランソワ1世がイタリア戦争で挙げた初手柄だが、1515 Marignanというのはフランスで歴史教育を受けた人なら(それがなんなのかはわからなくとも)誰でも知っている年号という前提をもとにしたネタ。知名度的には1192作ろう鎌倉幕府かなと思ったが、どうも最近は鎌倉幕府の成立時期をもう少し早めに見るようになっているらしいので、時代的にも近いこっちにしてみた

*7:原文は文字通りには「釘のように痩せた女の子を見ると自分が金槌になった気がする」。「maigre comme un clous 釘のように痩せた」が定型的な慣用句で、そこに使われている「clou 釘」をその意味のまま読むのが面白み。

*8:これはまったく同じ発想をTwitterで見たことがある。

*9:全体で200ページ強、いちページあたり4、5個の文章がある。副題が Mille réponses à la question « À quoi tu penses ? » なのでちょうど1000個なのかも。