ダンテを読まずに

「文献学だけはだめですよ、文献学をやると最悪なことになりますからね⋯⋯」(イヨネスコ『授業』)

@の起源

いまやメールアドレスなどに欠かせない記号である@だが、その起源についてはどうもはっきりしないというか、正直うさんくさい話がごろごろしている。この問題について古書体学者のMarc H. Smithがまとめていたので、ここで紹介してみたい。詳しい報告のようすは以下に動画としてあげられている他、この内容を簡単に文章にまとめたものもある(Marc H. Smith, « L'arobase du XIVe au XXIe siècle », Graphê, 55, 2013, p. 6-10)。またこれらの情報はこのブログ記事を通して知ったので、併せて紹介しておく。

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まずは既存の説を検討するところから始めよう。ひとつめはラテン語の前置詞adの略字に由来するという説だが、これについてはそのような用例は確認されていないということに尽きる。この説の元になっているのは前回の記事で扱ったUllmanの次の記述である。Ullmanは草書体の略字が現代まで生き残った例を紹介しながら、最後に@に触れてこのように述べる。

@マークもあるが、これは実際はadのことで、uncial dが強調されているのである

There is also the sign @, which is really for ad, with an exaggerated uncial d.*1

 ここで注意すべきなのがuncial dの解釈で、Smithいわくこれはいわゆるアンシャル体のことではなく、古書体学の用語として「丸みを帯びた、傾いた」書体を意味し、「まっすぐな」minuscule dの対立概念とのことである*2。ただいずれにせよ用例が確認されていないので、ここのUllmanの記述は軽率だったということになるだろう。

つづいて質量の単位arrobaの略字が起源という説。これはGiorgio Stabileという人物が「発見」*3した、1536年に書かれた手紙が広くニュースになったことで知られたようだ*4。この手紙はセビリアからローマに、フィレンツェの商人が送ったものとされることから、スペインやイタリアがこぞって@の起源を主張し始める事態となったらしい(Smithも、紹介したブログも指摘していることだが、この手の起源に関する話はしばしば素朴愛国主義的な調子を帯びる)。問題の手紙をみると確かに@は使われており、「1536年に書かれた手紙で、単位arrobaの略字として@が使われている*5」ということ自体は正しい。
しかしここにはいくつか問題がある。まず、この手紙は決して@の初出ではない。単位arrobaの略字というかたちに限っても、これ以前の用例が存在する。さらに重要な点として、その同じ手紙の中で@が別の箇所でも用いられている。手紙の冒頭で、「~日付」ということをあらわすaddìが@ddìというふうに書かれているのである。したがって、@が単位arrobaの略字として使われたことは確かだが、それが起源だとは言えない。

では起源はどこにあるのか。Smithの調査によって見つけられた最古の用例は1391年にフランスで書かれたものであり、それは@ciainnesと書いてanciainnesと読ませるものだった*6。Smithはこのaのまわりを囲むことが、中世の記法においてさまざまな略字を表したチルド記号(ã)と同様の働きをしているとみている。最も代表的なのがここで見られるan/amといったものだが、時代を下ると他にもさまざまな用法が出てくる。たとえばイベリア半島では@oでanno/año、@toでAntonio、フランスでは@rでavoir、@eでautre、あるいは@単体で長さの単位aune(s)といった用例が確認できる*7らしい。
このように、最初期の用例においては@はan/amを中心にさまざまな略字を示す汎用的な記号だった。しかしこの種の略字としての@は17世紀以降あまり使われなくなったようだ。それとは別に発展してきたのが、前置詞を表す記号としての@である。14世紀なかばごろから、イベリア半島では文字の端を、文字を包むように伸ばす、letra cortesana(宮廷風文字)と呼ばれる独特な書体が発達していた。この書体の曲線は基本的に時計回りに構築されているのだが、ラテン語のetの略字は例外で(いまの@同様に)反時計回りにeの周りを囲うように書かれていた。さて、そこに15~16世紀にイタリアの影響で筆記具が改善され、とくに関係の深かったイベリア半島北部の地域の書体の装飾化、草書化がよりすすんだ結果、(スペイン語の接続詞の)eの周りを囲ったような文字からの類推で、もうひとつの一文字前置詞aのまわりも丸く囲われるようになったのではないか、というのがSmithの見立てだ。ともかく、16世紀になるとイベリア半島だけでなくイタリアの商業文書にもこの一文字前置詞を表す@が見られるようになっていた。さきに挙げた1536年の手紙の冒頭の@ddi(=a+di)もまさにこの系統に属する。商業文書において前置詞のaを@と書く習慣は長く残り、20世紀なかばのイタリアでも複式簿記で帳簿をつけるときに貸方欄に@を使っていたらしい*8。18世紀には(アクセントの有無は問わず)àという形が(単位あたりの)値段を表す記号として全欧的に使われていたため、この(フランス式の)値段記号のàが、それ以前から用いられていたイタリア式の@と混同される形で広まっていったのではないか、というのがSmithの考えのようだ。

よくあることかも知れないが、@ひとつとってもその歴史を見てみると意外にややこしく、一言でまとめるのはむずかしい。おそらく、記号として非常に単純な作りをしているため単線的な記述はできないのだろう。特によくわからないのは略字記号としての@と前置詞としての@のあいだにつながりはあるのか、という点である。Smithもこの点は明言していないようなので、ないとも言い切れないがあんまりなさそう、というあたりか。とりあえず巷で言われている起源説はすべて何らかの形で間違っていることは確かだ。略字記号はつながりがよくわからないから除外すると、起源についていえるのは「イベリア半島北部で書体が独特の発展をした結果、前置詞aのまわりが囲まれるようになった形」といったところになるのだろう。

 

 

*1:B. Ullman, Ancient writing and its influence, 1932, p. 187

*2:動画の19分ごろにUllmanが想定していたと思われるタイプの書体が示されている。

*3:発見にかぎかっこをつけたのは、Stabileはけっして未発見の手紙を発掘したのではなく、編集を経て印刷された資料集のなかのひとつに用例を見出したにすぎないからだ。問題の手紙は Documenti per la storia economica dei secoli XIII–XVI, con una nota di Paleografia Commerciale di Elena Cecchi, ed. Federigo Melis, Firenze, Olschki, 1972, p. 214–215 に収録されている。

*4:https://www.theguardian.com/technology/2000/jul/31/internetnews.internationalnews

*5:Stabileはここの@を(おそらくは典拠となる資料集の編者に従って)ヴェネツィアの単位anforaの略字と読んでいる。しかしSmithいわく、この手紙はイタリア語だが筆跡からスペイン人の手によると考えられる点などからスペインの単位であるarrobaと読むべきだという。

*6:Smithはこれが最古だと言い切ることはしないが、技術的観点から13世紀後半より遡ることはないだろうとも言っている。それ以前にはペンの技術的制約により、字を書く時はかならず線を自分の方に引く形(右手で書くので、上から下・左から右という方向)で書かれていたからである。13世紀なかばごろにペンが改良されて反対の方向の描線が可能になったために、@のような形が可能になったようだ。事実、この1391年の例では@の上部、右から左に動く箇所でペンが羊皮紙に引っかかり線が乱れているのが確認できる。

*7:cf. Nicolas Buat & Evelyne Van Den Neste, Dictionnaire de paléographie française, 2011

*8:借方にdaを用いるため、視覚的にわかりやすくしたり、aをdaに書き換えるのを防止するためかもしれないとSmithは述べている。