ダンテを読まずに

「文献学だけはだめですよ、文献学をやると最悪なことになりますからね⋯⋯」(イヨネスコ『授業』)

書体と老眼

B. L. Ullman はその著書 The Origin and Development of Humanistic Script(Edizioni di Storia e Letteratura, Roma, 1960)でゴシック体から人文主義書体への変化の足跡を辿っているが、その中で面白い指摘があったので紹介したい。以下の記述はほぼ全て同書の第一章前半のものである。

Ullman曰く、のちに人文主義書体と呼ばれるようになる書体の最初の痕跡はコルッチョ・サルターティの手によるものに認められるという。この本の第一章ではその点が細かく検討される。
そこで問題となるのが、なぜゴシック体の改革がイタリアから始まったのか、という点だ。というのも、サルターティのような人文主義者が活躍していた地域では比較的端正なゴシック体が生き残っていて、複雑な省略や融合は控えめだったから、一見すると改革の必要は薄かったように思えてしまうのだ。
その疑問に対する回答は人文主義者の活動の性格そのものにある。人文主義者たちは同時代の写本に飽き足らず、古い(主にカロリング・ルネサンス期に作られた)写本を追い求め、読み漁った。これは2つのことを意味する。まず単純な読書量の増大。そして次に、人文主義書体のもとにもなった古い書体(カロリング・ミニュスキュル)と接する機会の増大である。
このような事情から、より読みやすく、より「正統的な」書体が発展していくことになる。

さて、Ullmanはこれに加えてもう一つ面白い仮説を提示している。それは人文主義者の視力の低下がこの動きを後押ししたというものだ。
先に触れたように、人文主義者たちは読書量が増大し、読みにくい書体に悩まされていた。そのことはペトラルカが当時の書体を批判する次のような箇所からうかがうことができる。

[私の書簡集は]あいまいでけばけばしい書体――それは写字生というより、近年の画家のものとでもいうべきで、遠目には楽しいですが、近づくと目を弱らせ、疲れさせるものです。あたかも読むためではない、他の目的のために作られたようで、権威ある文法学者の言うように文字 litera とは「legitera の謂である」*1といわれているのを無視しているかのようです――ではなく、明瞭で自ずから目に入ってき、そこにおいてはいかなる正書法や文法規則も疎かにされていないとあなたも言われるような、そんな字体で書かれることでしょう。

... non vaga quidem ac luxurianti litera - qualis est scriptorum seu verius pictorum nostri temporis, longe oculos mulcens, prope autem afficiens ac fatigans, quasi ad aliud quam ad legendum sit inventa, et non, ut grammaticorum princeps ait, litera « quasi legitera » dicta sit -, sed alia quadam castigata et clara seque ultro oculis ingerente, in qua nichil orthographum, nichil omnino grammatice artis omissum dicas.*2

さらに、ペトラルカは他の箇所で同時代の書体の細かさ、圧縮、過度の省略が目に辛いことをこぼし*3、一方で11世紀の写本をほめている*4という。
先に引用した書簡が書かれたのは1366年で、このときペトラルカは62歳であった。たしかに老眼が気になりそうな年齢である。
同様に、サルターティも1392年、61歳のときに、「大きな字で in littera glossa」書かれたキケロの写本を要求している*5

まあこれは結局、読書量の増大が具体的な問題となって表出してきたにすぎないのだろう。今でこそ老眼鏡が簡単に手に入るが、「1400年台には、書体を改革するほうが眼鏡を改良するより簡単だった」*6というわけだ。とはいえ、いま現在われわれが親しんでいる欧文書体の基礎が、人文主義者たちの老眼を契機に開発されたかもしれないというのは面白い話だ。

さらに、このゴシック体から人文主義書体への変化を遡ること数百年、8世紀にも、60代前半となったボニファティウスが視力の悪化をかこつ手紙を残していることもUllmanは指摘している。
その上で(どこまで本気かわからないが)その一世代後に発展するカロリング・ミニュスキュルもこの不満に由来するのだろうか、という疑問を提示している*7
この仮説を採用すれば、カロリング小文字体はその誕生から復権まで二重に老眼に負うところがあることになる。

*1:cf. DMLBS, s. v., legitera, « littera est quasi legitera, quia legentibus iter praebet »「litteraとはlegiteraの謂である。読者に道を示すからである」, Alcuin, Gram., 855A Ullman曰くペトラルカはプリスキアヌスを引用しているとのこと

*2:Petrarca, Familiarium Rerum, XXIII, 19, 8

*3:Petrarca, Seniles, VI, 5

*4:Petrarca, Fam., XVIII, 3, 9

*5:Coluccio Salutati, Epistolario di Coluccio Salutati, v. 2, ed. Francesco Novati, Forzani e C. Tipografi del Senato, Roma, 1893, p. 386

*6:Ullman, op. cit., p. 15

*7:ibid., p. 13-14, n. 9